令和元年台風19号において注目された神奈川県城山ダムの緊急放流については評価の声と非難の声が両方ありましたが、実際には、出来る限りの事前放流を行った上での緊急放流でした。
でも、前記事(ダムの事前放流しなかったって本当?予備放流で空っぽに出来ないの?)でもお話ししたように、ダムのことをきちんと理解しないまま情報発信したマスコミや、鵜呑みにした政治家等が不正確な情報を伝えたために、「ダム業務の杜撰さによる人災だ」という悪いイメージが広まったようです。
■不正確な情報の一例として以下のページがあります。
→「台風19号 6ダム緊急放流 事前の水位調整せず」を共産党江尻加那氏などが調査
→緊急放流の6ダムで事前放流せず 国交省・自治体に重大責任
そこで今回は、城山ダム事前放流に至った経緯や塩原ダムの水位等について、実際のデータに基づいてまとめました。(私は国交省の回し者でも、ダム愛好家でもありません。河川砂防業務に詳しい知人から聞いた話を含めてまとめています。)
城山ダム事前放流と緊急放流の誤解とは?
城山ダムの事前放流については様々な誤解があったのですが、その大きな要因として、
- 緊急放流が夜行われたこと(夜は危険なのになぜ朝まで待てなかったのか)
- テレビでニュースになったのが緊急放流直前の時刻だったこと(知るのが遅すぎて、今から逃げられるわけない)
- 緊急放流は下流の被害が甚大だから避けるべきだという思い込み
- 事前放流すれば緊急放流を避けられたという思い込み
このようなことがあるでしょう。その他、中には以下のようなことを考える人がいたかもしれません。
- ダムの存在そのものが許せないという気持ち
- ダムを管理する役所は怠慢だと思っている
ですが、実際には、避難勧告は昼間のうちから行っていました。
城山ダム緊急放流の当初の発表
城山ダムの緊急放流は最終的に午後9時半に開始されましたが、当初予定夕方5時ということが周辺地域に通知されたのはその3時間以上前(午後1時過ぎ)で、周辺の自治体では速やかに避難するよう周辺地域に周知されていました。
全国的なニュースになったのが直前というだけで、ダム周辺の人々への伝達はもっと早かったのです。
緊急放流発表と当日の気象条件等
ダムや河川砂防関係の従事者は、被害を出さないよう、万が一被害が出る場合でも最小限にしたいという思いで日々業務を行っています。特に、気象庁からの注意報や警報が発令されると、技術系の複数の担当者が24時間体制で水位などを監視して対応しています。
緊急放流の当日は、
- 台風接近が夕方以降で、特に雨が酷くて急激に水位が上がった
- 緊急放流開始時刻午後9時半頃に雨が落ち着いてきた
- 2019年10月12日の満潮時刻16:12、干潮時刻22:19(神奈川県藤沢市・湘南港の場合)
というような気象や水位の推移があったことが大きかったのですが、更に城山ダムでは近くの宮ヶ瀬ダムや相模ダムとの連携を行っているし、その他周辺河川の水位も監視しつつ、バランスを保ちつつギリギリまで持ちこたえていました。
もちろん、夜に緊急放流するのは大変危険なことですが、避難は当初通知した午後2時頃から開始していたし、それを出来るだけ引き延ばして、緊急放流した際の逃げ遅れがないようにしたことや、緊急放流する際の下流河川の氾濫ができるだけ回避できるように、ということで対処していたのです。
※城山ダムの事前放流、緊急放流、周辺流域への避難勧告等に関する業務は、以下の資料中の「資料5 城山ダム操作規則 資-33〜資-38」「その2 城山ダム放流容量〔抜粋〕資-39〜資-51」に則って行われています。
→資料
緊急放流はダムに入った水量分だけ出すという行為
緊急放流については別記事で詳しくお話ししておりますが、ダムに入った水量だけを出す行為なので「川の氾濫を延命処置してくれていた」だけに過ぎません。「ダムがあるから下流域は絶対安全」ではなく、いざという時に時間稼ぎしてくれるだけの存在なのです。
ですから、緊急放流があると通知されたら、「本当にあるかどうか分からない」と悠長なことを考えず、即座に安全の確保をしなければならないのです。
事前放流の量には限界があり、ダムの貯水容量にも限界がある
事前放流についても別記事でお話ししましたが、実は城山ダムは、ダムに流れ込む範囲(流域面積)がかなり広いのに、豪雨の際に水を貯める容量が少ないという欠点があります。
城山ダムの近くにある宮ヶ瀬ダムと比べると、流域面積が約12倍なのに洪水調節容量が約6割しかないという小さいダムです。
(城山ダム→流域面積1201km2、洪水調節容量2750万m3
宮ヶ瀬ダム→流域面積101km2、洪水調節容量4500万m3)
ですから、城山ダムは確かに治水ダムとしての目的もあるとはいえ、今回のような豪雨においては絶対安心とはいえないのですね。(ただ、城山ダムは宮ヶ瀬ダムや相模ダム等と連携を図ってダムや河川を守るべく調整しています。)
また、事前放流もギリギリの低い水位までもっていこうと懸命に放流していたのですが、ちょうど台風が通過する前から雨量が激しくなり、水を貯める容量が少ないため短時間で急に水位が上昇してしまったのです。
ダムの洪水吐(放流する穴)は少ないので短時間で放流できない
城山ダムに関して言うと、洪水吐は6門あります。
このダム写真の6門のうち、中央2門(オリフィスラジアルゲート・高さ7.4m)が常時洪水吐として事前放流(予備放流)を行った箇所で、緊急放流の際には両脇4門(クレストラジアルゲート・高さ16.7m)を開いて水を放流します。
ということで、放流できる洪水吐はこの6門しかない(発電用に引く別の箇所等もありますが、さほど大きくないので今回のような事態では意味がない)ため、短時間で大量の水を放流するのは難しいし、常時洪水吐が結構高い位置にあるため、最大限水位を下げようと努力しても、予備放流水位止まりなのです。
城山ダムや周辺河川の情報公開
実際にはこのような形で情報公開されています。
→神奈川県:雨量水位情報(洪水予測一覧 相模川)
当日の情報はこちらの方のツイートで確認できます。
城山ダムの話。
相模川下流では既に雨がやみ始めていて、現在の放水量であれば相模川の水位はむしろ下がる見込み。
ここに緊急放流分を加えても「ぎりぎり氾濫しない」or「浸水エリアは限定的」という緻密な計算があったものと伺えます。https://t.co/QBsYtoq9Uf pic.twitter.com/XPrIqktPq6— にゃんこそば️ (@ShinagawaJP) 2019年10月12日
また、こちらのサイトではダムの時間ごとの変化が確認できます。
→国土交通省:川の防災情報(城山ダム)
緊急放流当日の水位はこちらの画像をご確認ください。
ちなみに、宮ヶ瀬ダム(平成12年)は城山ダム(昭和40年)より新しいため、低い位置に非常時だけ使う洪水吐があります。(以下の3つのリンク先を比較するとよく分かります。)
→宮ヶ瀬ダム:ダム運用の流れ(平常時)・洪水時・非常時
城山ダムの実際の運用については、こちらの記事に詳しく書かれています。
城山ダムリーフレット:3ページ「ダム管理の概要」
塩原ダム他もダム水位や緊急放流について
ちなみに、国交省「川の防災情報」によると、今回2019年10月に緊急放流したダムにおける台風前の実際の水位は以下の通りでした。(数字は全て標高です。)
・美和ダム(長野)約801m(洪水期制限水位808m、予備放流水位805.5m、最低水位796.5m)
・城山ダム(神奈川)約114m(洪水期制限水位120m、最低水位95m)
・塩原ダム(栃木)約399m(予備放流水位=最低水位398.5m)
・高柴ダム(福島)約48m(常時満水位52.5m、最低水位44m)
以下の茨城県の2つのダムは国土交通省の川の防災情報に記載されておらず、10/12における水位が確認できませんでした。
・竜神ダム(茨城) (洪水期制限水位146.5m、最低水位136m)
・水沼ダム(茨城)(洪水期制限水位は時期により異なり273.3~275.9m※、予備放流最低水位272.2m、最低水位270m)
ただ、美和ダム、塩原ダム、高柴ダムについては台風前の水位は最低水位に近い状態だったため、事前放流をしないで済んだことはデータから確認できます。どのダムも、容量が多くないのに短時間の集中豪雨によりいっぱいになってしまったから緊急放流せざるを得なかったのです。
さいごに
ダムの事前放流をしなかったので国土交通省やダム管理者の怠慢だ、というニュースやネット情報が出ていましたが、データを確認する限りでは、実際には事前放流すべき時点で正しい対応がなされていたはずです。(一部報道では「利水目的部分には手をつけていない」という書き方があったのですが、城山ダムにおける予備放流は利水目的部分の一部に手をつける放流なので、正しい報道とはいえないでしょう。)
ちなみに、城山ダムの支流である串川で死亡事故があり、それも緊急放流による影響といわんばかりの報道でしたが、事故のあった場所は城山ダムよりも約50m標高があることから因果関係はありません。
そして、「有識者の提言による事前放流」については確かに「出来る限り事前放流を柔軟に行うように」という内容でしたが、放流する穴が低い位置に無い場合、簡単に水位を下げられるものではありません。
今回ニュースになった記事の元は共同通信で、それをそのまま地方新聞の神奈川新聞などが取り上げたようですが、新聞社はきちんとしたデータを収集確認せずに掲載しているのではないか、と思われます。
その後、ニュースの錯綜ぶりに見かねた元国交省の政治家が投稿されている記事を見れば、ダム管理に携わる方々が現行の法律の中で出来る限りの対処を行なっているであろうことが分かるはずです。
→アゴラ:元国交省職員として言いたい!緊急放流に至るギリギリの判断
ダム関連については人命や様々な財産に関わることから非常に大規模かつ綿密な方策が講じられ、私達国民の知らないところで様々な事業者、研究者が改善すべく努力していますし、ダム管理現場は住民を危険に晒さないよう出来る限りのことを行うべく、ギリギリのところで必死に調整しているのです。
もちろん、緊急放流に至らないで済むようなダム対策は今後必要になっていくでしょう。とはいえ、ダムの改修には莫大な費用がかかりますし、我々の税金を元にした予算をそこまで回せるのか分かりません。
ですから、我々は「ダムは絶対に安全」という意識を捨て、ハザードマップを確認したり自治体の発信する情報を聞き、豪雨の際には早めに避難するなど、自分達でできることをしていくことが必要でしょう。
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