城山ダム事前放流しなかったの?予備放流では空っぽに出来ないの?

雑学

令和元年台風19号では日本各地の被害がありましたが、中でも注目されたのが、神奈川県の城山ダムをはじめとする合計6ヶ所のダムにおける緊急放流ですよね。

緊急放流については別記事で詳しくお話ししましたが、ダムが緊急放流に至った推移についてはニュースやネット情報が錯綜しており不正確な情報が広まっているのが気になったので、この記事でダムに関する正確な情報をまとめました。

今回は、

・城山ダムの事前放流は本当に行われなかったのか
・予備放流と事前放流の違い
・ダムは空っぽにできないのか

以上についてお話しします。

◆緊急放流に関する疑問についてはこちらの記事がおすすめです。
ダムの緊急放流なぜ?しなかったらどうなる?事前に出来ないの?

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城山ダム事前放流は行われなかったのか?

ダムの事前放流は、実際には行われていました。ただ、今回緊急放流を行った全てのダムではなく、事前放流する必要のないほど低い水位のダムもあり、そこでは行わなかったのです。

また、今回多くの人に誤解を招いたのが新聞紙面やネットニュースに掲載されていた「西日本豪雨の教訓として有識者から提言されていた事前の水位調節」という言葉です。

結論を言いますと、「有識者から提言されるような水位調節(事前放流)」はダムの設計上、提言から1年程度で簡単に出来ることではありませんし、現状ではその提言を受けて国交省や土木の研究者等がどのように実施出来るか研究している段階なのです。

そもそも、ダムには日々の水量管理から緊急放流に至るまで操作規定が設けられており(ダム毎に内容は異なります)、それに則って運用されています。洪水期にどのような対策を行うのか、どこに通達するのか等も細かく決められています。

城山ダムの操作規定については以下の資料中に詳しく書かれています。
資料
※この中の「資料5 城山ダム操作規則」「その2 城山ダム放流容量〔抜粋〕」をご確認ください(資-38〜資-51)。

そして、実際のダム管理事務所や下流自治体等ではダムに関する説明会や訓練なども行われていて、今回のような緊急事態の際に速やかに避難行動等が出来るよう体制を整えているのです。

■ダムが今までどのように取組を行ってきたか興味がある方は、こちらの記事を読むと分かりますよ。
国交省:ダムの洪水調節機能と情報の充実に向けた取組~令和元年8月までの出水におけるダムの洪水調節も総括~

この記事下段にリンクがある、以下の記事に写真や図入りで分かりやすく説明されています。
令和元年8月までのダムの取組と洪水調節状況(PDF形式)

ではなぜ、「事前放流しなかった」という記事が掲載されたのでしょうか。
それについては、次にご説明するキーワードの解釈が問題になっています。

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ダムの事前放流と予備放流の違いは?

ダム用語の「放流」について調べてみると、放流に関する類似語が複数出てきます。その中でも緊急放流は最終手段ともいえる方法ですが、それ以外に「事前放流」と「予備放流」という言葉があるのですよね。素人には分かりにくい言葉なので、この2つについてご説明しますね。

【予備放流】
予備放流は洪水調節目的の放流です。(平常時なら手をつけない)利水容量となっている水を放流して、あらかじめ洪水に備えておくことです。この放流では、予備放流水位(制限水位)と呼ばれるところまで水位下げることができます。【事前放流】
事前放流は、以下のように2通りの解釈があります。(1)洪水になると想定した場合に、制限水位以下まで放流して洪水に備える(ただし、利水の共同事業者に支障を与えない範囲)
(2)制限水位以上だった平常時の水位を、洪水になると想定した場合に、制限水位まで下げる放流。

これは、兵庫県のホームページの「予備放流」と「事前放流」についてに書かれていることです。
そして、(2)の解釈は予備放流と同じ意味になります。
(1)の解釈は「事前放流」という言葉が出てきた背景や動きを見ると分かるのですが、制限水位以下まで事前放流するというのは様々な角度からの検証ができていない現段階では無理な話なのです。

事前放流に関する考え方の推移

元々、事前放流という言葉は古くから使われていた言葉ではなく、洪水対策として国土交通省で平成16年(2004年)12 月に策定した「豪雨災害対策緊急アクションプラン」におけるダム有効活用の手法の一つとして登場した言葉でした。

その後、近年の気候変動の影響による水害の頻発と激甚化や日本の厳しい財政状況を踏まえて、老朽化した既設ダムを今まで以上に有効活用すべく、平成29年(2017年)6月27日に「ダム再生ビジョン」が策定され、事前放流がより柔軟に出来るよう方策を行うこととなりました。

このダム再生ビジョンの方策としては、洪水前の利水容量の放流を今まで以上に柔軟に行うことや、堤体のかさ上げ、水深の低いところでの穴開け、レーダー雨量計の高性能化等があります。

これに関して国土交通省では下記の点検要領を作っており、国直轄と水資源機構のダムに関してダム規則を見直すよう指示しています。(城山ダムは神奈川県管轄のダムなのでこの指示はなされていないのかもしれません。)
ダムの機能を最大限活用する洪水調節方法の導入に向けた ダム操作規則等点検要領及び同解説

そして、それに関連して翌年、平成30年12月に出されたのが今回問題となった「有識者の提言」です。
異常豪雨の頻発化に備えたダムの洪水調節機能と情報の充実に向けて(提言)

ただ、上の資料よりも、事前に作成された提言案(平成30年11月27日)の方が図入りで分かりやすいので内容を簡単に把握したいならこちらがおすすめです。

異常豪雨の頻発化に備えたダムの洪水調節機能と情報の充実に向けて(案) ~異常豪雨の頻発化に備えたダムの洪水調節機能に関する検討会の提言(案)

ダム事業に携わる人でないと分からないかもしれませんが、ダムの建設や改修を行うには緻密な設計が必要で、このような「有識者の提言」がなされてから1年や2年で簡単に運用段階まで進めるものではありません。

例えば、既設ダムで更に放流を柔軟にする場合、比較的新しいダムならこの考え方を盛り込んで放流しやすいよう設計されています。ですが、古いダムの場合には放流の穴を増やさなければできないものもあり、その場合はコンピュータ解析による計算を行って穴の位置や大きさ、数量を決めて既存コンクリートに穴を開ける作業を行うことになるのですが、あまりにも計算が複雑なためコンピューターだけでは完璧な答えが得られません。ではどうやって行うかというと、実際に数十分の1の精巧なダム模型を作って、実際に水を流して間違いがないか検証してから施工することになります。

このように、提言を1つ実現するにも膨大な作業が必要であり、提言を全て実現化するには長い年月が必要になるのです。

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ダムは空っぽにできないのか

ところで、ダムに関して素人だと、「ダムを空にしておけば緊急放流しなくて済んだのに」と思ってしまう傾向があるのですが、ダムを空にするのは無理です。(ただし、治水目的ダムは平時空っぽにしておくケースもあります。)これには以下のような様々な理由があるのです。

(1)多くのダムの目的は治水(洪水調節)だけでなく他の用途もある。
ダムによって異なりますが、水道用水や工業用水、農業用水、水力発電などに使うこともあり、完全に水が無い状態にするわけにはいきません。(水が無くなったら断水するし、水力発電に利用している場合は電力不足になり、地域の工場の操業もストップする事態になります。)

このような多目的ダムの場合、ある程度の水量を維持しておかなくてはなりません。その最低限の水位が、現状の「予備放流水位」になっています。もしそれ以上に下げてしまい、実際に大雨が降らずに水位が上がらなかった場合は損害補償に繋がってしまいます。

(2)ダムに水がないと生態系の維持が出来なくなる。
ダムに常に水があることで河川の水質を保つことができます。また、生態系の維持もできるのです。これはダムを一時的にでも空っぽにしては保てなくなります。

(3)ダムの全ての水は短時間で抜けるものではない。
ダムの水量は膨大なため、一気に短時間で行うことはできません。台風が来ることが分かっていても、1~2日で抜くことが出来ないので、そのダムに確実に豪雨が来るという予測が出来ない限り不可能です。

(4)気象予報の精度は上がっても、雨量予測の精度は上がっていない。
日本の気象予報の精度は非常に優秀と言われていますが、残念なことに、台風の進路予測はある程度出来るけれどダム単位での雨量予測は非常に困難なのです。(台風は、雨でなく風が主のケースもあるし、数日前の段階では進路が定まっておらず直前になって逸れる可能性もあります。)

また、定められた水位よりも下げたけど実際には見込んだ雨量に到達しなかった場合、水不足で困ってしまいます。谷筋が1つ異なるだけでも雨量が全然違うのはよくある話ですし、やはり数時間前にならないと確実に「このダムに何m3降る」という予測は難しいのですよね。だからこそ、普段から洪水期制限水位よりも下にはできないし、洪水が来ると分かっていても予備放流水位よりも下げることができないのです。

(5)ダムを造る際、空っぽにする想定で設計していなかった。
既にお話しした有識者の提言で重要なポイントがこの部分です。そもそも既設ダムを設計した段階では、今回の規模の集中豪雨を想定せずに造っているため、「集中豪雨に備えてもっと水位を下げておきましょう」と言われても、直ぐに対応できないのです。

そもそも、城山ダムには低い水位から大量の水を出せる洪水吐がないので、もっと水位を下げたくても現状では不可能です。
ダムのことを知らない素人は「ただ下げるだけだろう」と思うかもしれませんが、洪水吐(放流する穴)の位置や数が足りるかという問題等もあり、簡単に許可を出せるわけではありません。

さいごに

ということで、今回の城山ダムでは、最善の手を尽くした結果の緊急放流だったのですが、実際の城山ダムやその他ダムに関する水位等データについては次の記事でお話しします。
城山ダム事前放流の誤解と実際のデータ比較。令和元年台風19号被害

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